- <クランクイン>
- 春だというのにまだコートが手放せないほど寒い4月某日、代々木公園でクランクイン。
スタッフが集まる中、にこやかな笑顔で登場した主演・小向美奈子。その表情は明るく、これからSM映画の撮影に入る女優とは思えないほど元気だった。
しかし、公園での最初のシーン(小松崎真理演じる親友・京子との穏やかな回想シーン)を滞りなく終えてスタジオに移動した後に始まったのは、いきなりの放尿シーンだった。
出口のない部屋に監禁された静子が鬼源(火野正平)に利尿剤を飲まされ、極限まで尿意に耐えた後、果ててしまう…という緊張感のある場面のため、念入りにリハが行われる。
監督の細やかな演技指導に真剣な面持ちで頷く小向美奈子。
先ほどまでのあどけない笑顔が本番に入った瞬間、ぐっと艶かしく妖艶な表情に変わる様子が印象的だった。 - <縛り・ムチ・拷問>
- ストーリー前半、未亡人となった静子が悪徳金融業者に拉致されて拷問を受けるシーンは、後半の伏線にもなる重要な場面であるが、この撮影は都内の地下スタジオで行われた。
薄暗く埃っぽいスタジオの雰囲気が、落ちぶれた未亡人によく似合う。
喪服姿で現れた小向美奈子がいつもよりしっとりした艶をまとっているように見えた。
しかしその美しい喪服姿も束の間、拷問を受けるうちに帯が解かれ着物ははだけ、やがて長襦袢一枚に。
長時間におよび両手を頭の上で拘束されムチで打たれ続けるシーンは、演技とはいえ痛々しく、見ているこちらが思わず目を背けてしまいたくなるほど。
小向本人も後に「辛すぎて実はあまり記憶がなかった(笑)」とこぼしていたが、その現実と芝居との狭間で揺れる朦朧とした表情は、まさに静子が宿った瞬間だったのかもしれない。 - <レズ>
- 本作品の見所のひとつである静子と京子のレズシーンは、東映撮影所にて行われた。
全面鏡張りのセットであることと、女性同士の絡みというデリケートな内容に配慮して、スタジオ内に大きな暗幕が張られた中、限られたスタッフで撮影が行われた。
親友への想いを抑えきれなくなった京子がその愛情を歪んだ形で昇華させるべく静子をレイプ。
それを拒みながらも背徳的な肉体の喜びに負けた静子がついに彼女を受け入れてしまうという、美しくも難しいシーンだけに、本作品が演技デビューとなる小松崎真理は最初かなり緊張していた様子。
しかし何度もリハーサルを重ねるうちに徐々に京子としての気持ちが入っていったようだ。
女性が女性を想う切なさをまさに全身を使って、妖艶に美しく見事に演じきった。
スレンダーな小松崎の身体と、肉感的な小向の身体が様々に体位を変えて絡み合うシーンは美しいの一言だった。 - <大団円>
- 連日のハードな撮影が続く中、物語のクライマックスとなる緊縛シーンの撮影が行われた。
演出の炎や、緊縛を吊るすためのクレーンなど大掛かりなセットが組まれ、入念なリハーサルが繰り返される。
撮影の合間には笑顔を見せてはいるものの、体力的にも精神的にも極限に達しているはずの小向。
様々なポーズに緊縛され芝居が進むにつれて、その表情は朦朧としていく。
特に逆さ吊りにされる緊縛ポーズの時は、幼少期の足首の古傷が痛むらしく、顔を歪める様子も何度か見受けられた。
とはいえ撮影日数もあとわずかしか残されておらず、監督、スタッフ一同、心を鬼にしての撮影が進められる。
あられもない格好で縛られ、人の目にさらされ、苦痛と羞恥の中で自らの欲望を花開かせる静子を表現する、本作品で最も大切なシーン。
そのシーンを撮影する中で、今までの撮影に耐えてきた小向の心情はついに静子と交差したのだろうか?
緊縛され、竹にはり付けられたまま、ここではないどこかを見つめる諦めにも似た小向の眼差しには、はっきりと静子が宿っていた。 - <クランクアップ>
- 最後の撮影は木更津の旧食肉工場跡地にて行われた。
全身に縄をまとい、コートをはおって登場した小向。
白い肢体に食い込む赤い麻縄が艶かしい。乳首には小さな鈴がつけられ、1歩歩くごとにかすかな鈴の音が響き渡る。
最後のカットは、数々の調教によって覚醒した静子が鬼源にリードでつながれ、浮浪者の男たちの中に放り込まれ、弄ばれるという、ある意味最後を飾るのに相応しい淫靡なシーンである。
覚醒した静子を演じる小向の表情は、初日のおびえた静子を演じていた彼女とは全く別人のよう。
浮浪者たちに弄ばれながらも、それを愉しむかのような静子の背徳的な悦びの表情を見事に演じきった。
こうして無事に迎えたクランクアップ。スタッフから花束を受け取った小向の目に涙はなかった。
初日からこの日までまさに身体を張った撮影が続く中、一度たりとも弱音を吐かず、撮影の合間には拘束されたままの姿で誰よりも元気に明るく振舞っていた小向美奈子。
花束を抱えながら満面の笑みを浮かべたその顔は、静子同様、彼女自身も何かが覚醒したかのように神々しいほど妖艶に輝いていた。





